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北海道に生まれた民間宇宙開発企業カムイスペースワークス。 略して「CSW」 ブログはこちらに引越しました。
重力損失(永田、再掲)
 NASAが深宇宙探査用大型ロケットの開発に着手するというニュースが話題になってます。NASAからの正式発表はこちら。メインエンジンはシャトル用SSMEをベースにした液酸−液水。密度が小さい液体水素エンジンは大推力を出しにくいため、固体ロケットブースタも併用だそうです。

ええと、有人ですよね?

一応確認ですが、使い捨て、ですよね?

正直、やっちまったなあ、という第一印象なんですけど、取り敢えず続報を待ちます。どうして「やっちまったなあ」と思うのか色々理由が有りますが、例えば下記記事を参照ください。移転前のURLで2007年1月に掲載した記事です。補足すると、シャトルにおいては、「高空まで使用する再使用エンジンを目指した技術開発だから、まあ、しようがないかなあ」と思ってました。今回の設計はどう考えても理解できないです。


重力損失(永田) | 宇宙工学         2007/01/21 17:54
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 いいロケットとは、排気速度が大きいロケットです。排気速度は推進剤の組合せでほぼ決まります。CAMUI君の排気速度が固体ロケットよりも大きいのは、ポリエチレンと液体酸素という組合せを選んだのが理由です。そこには技術的オリジナリティはありません。ポリエチレン−液体酸素の組合せで燃料過剰な燃焼条件を実現するというのは凄いことではありますが、これはCAMUI君の技術的価値の中のおまけみたいなものです。最大の技術的価値は、燃料のガス化速度が大きいことにより推力が大きい、という点にあります。ロケットの推力は排気速度[m/s]×推進剤流量[kg/s](=推力[kg・m/s^2 = N])に等しいです。推進剤流量は酸化剤(液体酸素)流量と燃料(ポリエチレン)流用の和です。酸化剤流量を増やすのは簡単です。バルブを開けばいいんですから。対して、燃料流量を増やすのは難しいです。ポリエチレンをガス化させるのは大変ですからね。これを増やさないと、燃料過剰な最適条件を保ちつつ推進剤流量を増やすことはできません。これを可能にしたのがCAMUI君の偉いところです。それでは、どうして推力を増やすことがそんなに重要なんでしょうか。
 
 ロケット工学者は運動量こそ最大の価値だと思っています。より大きな運動量を得るためであればエネルギをドブに捨てることを何の躊躇も無く平気でやります。運動量は、推進剤の質量[kg]×排気速度[m/s](=運動量[kg・m/s])で決まります。これを時間[s]で割ると、力の単位である[N = kg・m/s^2]に次元が等しくなりますね。つまり、推力とは、単位時間当たりに得られる運動量のことです。逆に、推力に時間をかけると力積になり、これが運動量の変化に等しいのでした。従って、限られた量の推進剤でより多くの運動量を得ることにしのぎを削るロケット工学者にとって、何よりも大事なのは排気速度です。だからロケットの性能は排気速度で評価されるのでした。
 
 ということは、ロケット工学者は推力×時間で表される力積=運動量が大事なのであり、推力には興味が無いのだ、というと、実はそうではない場合があります。どういう場合かというと、地上からの打上げで最初に働く初段ロケット、すなわちブースターロケットを設計する場合です。
 
 地球周回軌道に衛星を投入するために必要なことは水平方向の速度ベクトルを獲得することなのですが、地表近辺には大気層が有って高速で飛行するには邪魔なため、まずは上昇するという非本質的なことが行われます。これがブースターロケットの仕事です。ほぼ上向きに加速することになるわけですが、これは地球の重力加速度と競争しながら加速するということを意味します。
 
 地球の重力加速度は 9.8[m/s^2]です。落下を始めた林檎は、1秒後には9.8 m/sの速度に、2秒後には19.6 m/sの速度になっているわけです。この加速度を1Gといいます。例えば100 kgの機体に200 kgf の推力をかけると、2G の加速度が得られます。けれども、ブースターロケットのように上向きに加速した場合、このうち 1G が地球により奪われてしまい、実際の加速度は 1G になってしまいます。実効加速度が半分になるわけです。実効排気速度が半分になったと考えてもOKです。液酸−液水エンジンにより450秒の比推力が得られていたとしても、実は実効比推力は225秒であった、ということになります。この損失を重力損失といいます。
 
 上記例で、自重が100 kg、比推力が 450 秒、推力が 200 kgf の液酸−液水エンジンの実効比推力は 225 秒です。対して、同じ自重で、比推力が 280 秒、推力が 1 tonf の固体ロケットブースタだったらどうでしょうか。加速度は 10 G、そのうち 1 G が地球に奪われ、残りの 9 G が実効加速度となります。比推力の 9 割が実効比推力になるわけですね。280 秒に 0.9 をかけて、実効比推力は 252 秒となります。なんと液酸−液水エンジンより高いではありませんか。
 
 このような状況は、打上げ直後で起こります。機体が重いからです。推進剤が消費されて機体が軽くなるに従って加速度が増加し、重力による加速度減少分が相対的に小さくなる打上げ後半では、このようなことは起こりません。推力 200 kgf で機体重量が 100 kg であれば実効比推力は225 秒でも、機体が 50 kg まで軽くなれば実効加速度は 3G、実効比推力は 337.5 秒で、固体ロケットブースタに負けません。つまり、打上げ直後では、多少は比推力(すなわち排気速度)が小さくても、推力が大きいロケットの方がより大きな運動量を得ることができるということになります。そういうわけで、H2 ロケットでもスペースシャトルでも、初段では液体ロケットよりも比推力が劣るけれども大推力が得られる固体ロケットブースタが併用されています。

 僕はそもそも、機体が重たい初段において、大推力を得ることが難しい液酸−液水エンジンを用いることには反対です。アポロ計画に使用されたサターンロケットではこのような理由から初段に液酸−液水エンジンが採用されず、ケロシン−液酸エンジンが採用されました。その結果、固体ロケットブースタを必要としない極めてシンプルで信頼性が高いシステムに仕上がっています。
 
 重い機体を上方に加速しなければならないブースターロケットでは、比推力が大きいだけでは駄目で、推力が大きいことも求められます。推力を増やすためには推進剤流量を増やす必要がありますが、ハイブリッドロケットの推進剤流量は固体燃料のガス化速度で制限されます。このような状況があるので、ブースターロケットの開発を目指した場合、固体燃料のガス化速度を大幅に増やすことに成功した CAMUI 君の技術的価値が生きてくるのです。
 
 なお、「実効排気速度」、「実効比推力」という言葉はここで永田が勝手に使っている言葉であり、一般的な専門用語ではありませんのでご注意ください。

| エンジニアリング | 12:49 | comments(5) | trackbacks(0) | pookmark |
わからなさの問題(永田)
  以前、わからなさとどう向き合うか?というような内容の記事を書いたことがあります(こちらの後半)。日本人はわからなさと向き合うのが苦手だ、わからない部分が残ったまま判断を迫られるとパニックに陥る、サッカーやラグビーの得点場面で、選手は次々とこのような判断を迫られる。サッカー日本代表の得点力不足には根深いものが有る。というような話です。東京大学の小佐古敏荘先生が、小中学校の屋外活動を制限する限界放射線量を年間20ミリシーベルトとしたことに抗議して辞任されました。現地は動揺しています。小佐古先生の抗議の辞任に対しては称賛の声が多いですが、僕はどうも称賛する気持ちになりません。学者として不誠実な行為だったのではないかと思うのです。

 低線量放射線の体外被曝が健康に与える影響は、よく判っていません。1000 mSv の被曝で生涯がんリスクが5%上昇する。低線量被曝でもこの関係が線形に続くという考え方を Linear No Threshold(LNT)仮説といいます。安全な被曝量は存在しない(No Threshold)、危険性は線形(Linear)にしか減少しない、という考え方です。例えば 10 mSv 被曝すれば、生涯がんリスクは 0.05% 上昇することになります。LNT仮説は一般的に受け入れられている考え方ですが、これを裏付ける臨床データは存在しません。よく判らないけどとりあえずこういう考え方でリスクマネージメントを考えましょうね、という程度のものです(詳細はこちら)。明確な根拠が無いままルール化されたものですので、非常時には弾力的に運用されるべきものです。そのような理由で、国際放射線防護委員会は、3/21に、福島原発震災における放射線防護レベルの緩和に関するコメントを発表しました。その骨子は、緊急時の放射線防護の「参考レベル」を 20 〜 100 mSvとし、また事故収束後の汚染地域からの退去の「参考レベル」を 1〜20 mSv とすることをrecommend(推奨)する、というものでした。

 国際放射線防護委員会の推奨(収束後の参考レベルとして 20 mSv を許容する)を、「非常時は 0.1% の生涯がんリスクの増大を許容せよ」と解釈して大騒ぎしている人がいますが、これは間違いです。LNT仮説には、非常時においても莫大な社会的コストを費やして守らなければならないほどの科学的根拠が無い、というのが正しい理解です。国際放射線防護委員会の推奨はこのような考え方に基づくものです。

 LNT仮説を裏付ける臨床データが得られた例は有りませんが、逆の効果を示すデータが得られた例なら存在します。例えばこちら。原爆の健康効果、というタイトルの論文です。この論文に示されている Fig.1 は衝撃的です。広島、長崎において、100 mGy(大雑把には、1 Sv = 1 Gy なので、= 100 mSv)を下回る低線量被曝が、通常は5%以上発生する出産異常を3%以下にまで低減させたのだそうです。この論文の著者は LNT 仮説のことを LNT ドクマと呼んで批判しています。

学者が知っている知識のレベルを纏めると以下のようになります。
・100 mSv を下回るような低線量体外被曝が健康に悪影響を与えることを示す臨床データは存在しない。
100 mSv を下回るような低線量体外被曝が健康に良い影響を与えることを示す臨床データであれば存在する。
・LNT 仮説はあくまでも仮説である。低線量体外被曝が健康に与える影響については、その影響が良いものか悪いものかですら、よく判っていない。

 このような状況の中で、どこに限界放射線量の線を引くかを決めなければならないわけです。わからないまま何がしかの決定を迫られる、という状況ですので、政治的に決めるしかありません。30万人規模の移住コストを社会が負担してでも避けるべきリスクはどこから?という数字を決めなければいけません。「政治的に」というのをもっと解り易く言うと、より広範な合意が得られる数字に決める、ということです。どうせ学術的根拠は無いのですから、残る問題は、みんなこの数字なら納得できる? というレベルしかありません。この決断に学者が出る幕は無いです。合意が大事である、という意味で、小佐古先生の、「今後どのように放射線量を減らしていくかの方針を合わせて示すことが重要」という提言は理解できます。賛成です。学者として不適切だったなと感じるのは、「この数字は学者として許容できない。これを許容したら学者生命の終わり」という部分です。あたかも政府が学術的真実を捻じ曲げたかのような言い方で、LNT仮説に学術的根拠が有るかのような誤解を与えてしまいました。これは風説です。学者が風説の発信源になるというのは、学者の良心に照らして、誠意ある行動なのでしょうか。

 「政府は安全な数値を早く明確に示して欲しい」という地元の声をよく聞きます。気持ちは理解できますが、これは不可能です。誰も知らないのです。リスクが有ったとしてもあまりに小さすぎてデータが取れないのですから。これまでデータが取れなかったのですから、今後、福島周辺のデータについても、放射線の健康への悪影響を示す臨床データは取れないでしょう。ということは、放射線と健康被害との因果関係が認められることは有り得ないので、放射線による健康被害で政府から損害賠償を勝ち取ることは不可能だろう、と予想されます。更に言うと、がんになるはずだったのに低線量体外被曝のお蔭でがんにならずに済む可能性もあるし、避難することによりこの幸運を逃す可能性もあります。そのくらいの「わからなさ」なのです。

 「わからなさ」と向き合うというのは、難しいことです。否応なく向き合う羽目に陥った当事者の皆様の心労はいかばかりかと思います。でも、これはもう受け入れて向き合うしかありません。自分で判断するしかありません。こう判断して後悔しない、と心を決めるしかありません。国は判断してくれないし、判断してくれたとしても正しいという保証は無いし、その判断が間違っていても賠償してくれません(因果関係が認められないので)。学者ができることは、どこまで判っていて何が判っていないのかを有りのままに示すことだけです。そういう意味で、僕は小佐古先生は不誠実だと思います。
| エンジニアリング | 15:48 | comments(26) | trackbacks(0) | pookmark |
再掲:データと解釈(永田)
 「メディアリテラシーの基本は、事実と解釈を分けて読むこと。上越新幹線の例では、「高架橋を高速走行中に中越地震に被災し、脱線した後停止。死傷者ゼロ」という事実を拾い、解釈は自分でする。メディアの解釈部分は有害である場合が多いので、原則として捨てる。」

 4/14 にこんなTweetをしました。「上越新幹線の例」というのは、高架上を高速走行中に被災しながら、死者を一人も出さずに停車することに成功した上越新幹線を、当時のメディアは「新幹線が脱線事故!」と報じ、安全性能を称えた報道が殆ど見られなかったことを指します。本件については失敗学で有名な畑村先生が以前から指摘されていたことですが、該当するインタビュー記事を見つけました。詳しくはこちらをご参照ください。

 メディアリテラシーを身に付けるには、事実と解釈を切り分けて読み取る訓練を重ねるのが一番です。これに関する過去記事(移転前に掲載したもので、既に消えているもの)を以下にサルベージします。


(以下再掲)
データと解釈(永田) | 2009/09/13 17:15

 研究者として仕事をしていると、グラフの見方が鍛えられます。研究データを表現する上で、グラフは万国共通の言語のようなものです。多くのグラフでは、実験や計算のデータがXY座標上に点で示されています。線が引かれている場合も多いです。グラフに描かれるプロットと線。データの表し方が違うだけかと思ったら大間違いです。両者は全く異なるものです。プロットはデータを表します。線は、研究者の解釈を表します。この違いを理解せずに不用意に線を引くと、その道の先達から痛い突込みを受ける、なんていう光景を、学会ではよく目にします。
 
 例えば、横軸に燃料と空気の混合比、縦軸に火炎の伝播速度をプロットします。最適な混合比で、伝播速度は最大になります。実験結果は山なりに点が散らばります。けれども、実験には誤差が付き物ですので、各点の位置は真の値ではありません。それを見越して、各点の近傍を通る滑らかで山なりの線を引きます。この線は、「実際の火炎伝播速度は混合比に対して滑らかに変化する筈である」という研究者の解釈です。ここで、各点を直線で結んで、各点で微分不可能なガタガタの線を引こうものなら、「火炎伝播速度が混合比に対してそのようなガタガタの線になると主張する根拠は何ですか?」と質問されること請け合いです。更に酷いのになると、例えば水素、メタン、エタン、エチレン、プロパンの伝播速度をプロットして、その間を線で結んだりします。線を引くということは、その線上には連続的に値が存在するということを意味します。燃焼関連の学会で、水素とメタンの間のデータは何の伝播速度を表すのですか?とN岡先生に聞かれて絶句した学生を見たことがあります。
 
 グラフに限らず、全ての論文はデータとその解釈により構成されています。研究者が論文を読むときには、この両者を切り分けるという作業を必ず行います。与えられた情報を、データと解釈に切り分ける作業というのは、自分の頭で考える習慣を身に付ける上でとても大切なものなのですが、これを意識して情報に接している人というのは残念ながら少数派です。我々が接する情報には、データ(事実)と、記者の解釈が混ざっています。新聞を読むとき、テレビのニュースを見るとき、これを意識しているだけで、全く違う世界が広がります。更に一歩進んで、情報からデータを切り分けた上で、そのデータの一次資料を確認する習慣が身に付けば完璧です。

(再掲ここまで)
| エンジニアリング | 11:45 | comments(3) | trackbacks(0) | pookmark |
原発の安全管理(永田)
 (1) 小さい原発を分散させる (2) 100年に一度、どこかが廃炉になる (3) このとき、運が悪いとレベル4、最悪レベル5の漏洩が起こる。 この程度のリスクを受け入れれば、安くて安全なシステムができると思うけど、受け入れられないでしょうね。

4/13にTwitterでこのようなTweetをしましたが、その具体的な根拠を以下に述べます。まずは (1) 小さい原発を分散させる。これはリスク分散の考え方です。事故の確率はゼロにはならないので、事故は一定の確率で起こるとして、安全管理を考えます。巨大な原発を少ない数作れば、被災の確率は減りますが、被災した際の対処が大変です。対処し切れずに被害が拡大する可能性が高くなります。小さい原発を分散させれば、被災の可能性は増えますが、対処は容易になります。対処可能なトラブルを許容することにより、全体の安全性を向上させることができます。

これは、人工衛星の小型化が求められる根拠の一つとも共通しています。気象衛星や通信衛星は、常に日本が見える、あるいは日本上空で通信できる必要がありますので、高度36000 kmの静止軌道に投入されます。これを、高度300 km程度の低軌道を回る小型衛星群で代替しよう、という案があります。距離が近くなりますので非力な衛星でよく、小型化できますが、常に日本上空にいるわけではないので、いつもどれかが上空にいるような個数で打上げます。最大のメリットはリスク分散です。5%の確率で打上げに失敗するとしても、小型衛星を分けて数多く打上げれば、一回の失敗は許容できます。静止衛星の一発勝負打上げに失敗したときの損害を、リスク分散により避けることができるわけです。

原発の規模を小さくするメリットは大きいです。非常時に調達が必要となる冷却水の量が減ります。給水に必要なポンプの能力も小さくて済みます。これらによりポンプの入手性が向上しますので、原子炉冷却の冗長性が高まります。原発一基は最大でも数個の消防用ポンプで給水可能な規模まで、というあたりが目安になると思います。

原発の規模を小さくすることは、(2) 100年に一度、どこかが廃炉になる にも効いてきます。今回のように100万kWクラスの炉が廃炉になると地域の電力不足に影響しますので、事業者は廃炉に躊躇します。これに対して、例えば数万kWクラスの小さな炉であれば、廃炉の決断が容易です。事故時には冷温停止に専念。真水が足りなければ躊躇わずに海水を使用。廃炉もやむ無し。これを徹底できます。

今回の福島原発の事故は、全ての電力を喪失したのが致命的でした。今回の教訓を生かすことで、電力の喪失を高い確率で阻止することは可能だと思います。なので、廃炉やむなしの規模の事態が起きても、無事に冷温停止に持ち込むことに成功し、漏洩は起こらないだろうと高い確率で期待できます。それでも、電力喪失の可能性は考慮しておくべきです。「運が悪いとレベル4」の「運が悪い」は、電力喪失を想定して書きました。非常用発電設備が全て壊れ、外部電力を受け入れる配電設備も破壊され、連絡道路が破壊されて外部の非常用電源が現地に到達できない、というような事態です。

ここからは議論が別れる提案です。僕は、原発が停止し、全ての電力が喪失した時、原子炉から格納容器のsuppression chamberに蒸気を排気する排気弁と、格納容器から外部へ蒸気を放出するベント弁の両方とも、開きっぱなしになっているべきではないかと思うのです。電力が失われたとき、排気弁とベント弁が閉じたまま開かない原子炉と、両者が開いたまま閉じない原子炉の、どちらがより危険か?という話です。僕は、前者のほうが遥かに危険だと思います。今回は不幸なことに前者でした。炉内の圧力が高いため注水に手間取り、その間に燃料棒が水面上に露出し、溶融したために、内部に閉じ込められていたI131等の放射性物質が漏れ出しました。

内部で水が沸騰している原子炉に注水する困難さは、恐らく、液体酸素のような極低温液体をタンクに充填する困難さと同じなのだろうと想像すると、僕たちには事態が物凄く臓腑に落ちて理解できます。沸騰した蒸気を十分に排気することが肝です。排気管の内径を拡大して初めて、液体酸素の充填に成功しました。

原子炉についても、排気弁とベント弁が開きっ放しであれば、内部の圧力はほぼ大気圧に保たれますので、非力なポンプでも給水が可能になり、給水手段の冗長性が飛躍的に高まります。勿論、一次冷却水の蒸気を排出することにより放射性物質が漏洩されますので、「運が悪いとレベル4」です。けれども、注水を継続して燃料棒を健全に保つことの方が遥かに重要で、これさえできていれば、I131もCs134もCs137も漏洩しません。I131の検出が燃料棒損壊を判断する根拠になったことを思い起こしてください。

蒸気が排出されるだけであれば汚染は限定的ですので、電源系を復旧させる作業も可能です。一次冷却水の蒸気に含まれるN16の半減期は7.1秒、N17は4.2秒だそうです。半減期が短いということは、汚染が蒸気出口のごく近傍に限られるということです。

制御棒が挿入され、電源を喪失した原発の排気弁とベント弁は解放されている。これを確実にするためのシステムも大事です。例えば、排気系とベント系にそれぞれ弁1と2を直列に並べて、上記が勝手に達成されるような設計はどうでしょうか。具体的にはこうです。制御棒が挿入されると信号が出て、弁1が自動で開きます。この時はまだ電力を喪失していませんので、この動作は可能です。弁2は、電力を喪失すると勝手に開く弁にします。平時においては、弁2には閉じるための電力が供給されているわけです。両方が開いて初めて、容器が大気開放されます。

これまでの安全管理は、何が有っても放射性物質を漏洩させない、という思想で設計されています。これを改めるべきではないかと思うのです。何が有っても燃料棒を損壊させない。そのためなら多少は放射線を漏洩させてもよい。このような思想で、安全管理を考え直すべきです。多少の放射線漏洩の可能性を受け入れることにより、原発の安全性を高めることが可能になります。最終的には、リスクの絶対防衛ラインをどこに設定するのかの問題です。これを社会が共有しないと、リスク管理は不可能です。「何が有っても放射性物質を漏洩させない」という戦略は非現実的だし、返ってリスクを増大させます。
| エンジニアリング | 18:30 | comments(28) | trackbacks(0) | pookmark |
空き缶パルスジェット(永田)
  「空き缶」と「パルスジェット」のアンド検索でググると、このように、多くの動画がヒットします。飲料缶の底に穴を開け、中身を抜き、適当な調整を行うと、簡単にパルスジェットを作ることができるというものです。口で説明するより、動画を適当に見て頂く方が早いです。実は当研究室では、設立当初(1996年)から、高校生や中学生から模擬実験依頼が有った時のネタに、空き缶パルスジェットエンジンを使っています。こんなに流行ってるということに最近になって気付きました。

 僕が初めてこの種のパルスジェットの存在を知ったのは、修士課程の学生だった頃です。ジョージア工科大学の Ben T. Zinn 先生による "Pulsating Combustion" というサマリー論文(その分野の研究の現状を纏めた論文)で紹介されていました。その論文では Combustion Pot という名称で、ジャム等の広口ガラス瓶に金属製の螺子蓋をしたものを使っていました。

 蓋に直径 13 mm の穴を開け、瓶にアルコールを数cc入れます。瓶の内壁もアルコールで濡らします。これにより、瓶はアルコール蒸気と空気の混合気で満たされることになります。穴に炎を近付けると、混合気が点火し、燃焼ガスが勢いよく吹き出ます。瓶の圧力が元に戻ると噴出は収まるのですが、ガスにも慣性が有りますので、噴出が止まったころには瓶は負圧になっています。これにより空気が新たに吸引され、瓶内のアルコール蒸気と混ざり、次の燃焼が起こります。これが1秒間に数十回の周期で繰り返されます。

 こんなことが本当に起こるのか。実験してみようということになり、院生室での酒宴の余興になりました。1990年前後だったと思います。手元に広口ガラス瓶が無かったので、缶飲料を購入し、底に穴を開けました。各自が最適と思う穴径を用意し、缶が暴れないように万力で固定し、順に点火します。しばらくは単発のジェットで終わるものが続いたのですが、初めて振動燃焼が続いたのを見たときは、そのあまりに教科書通りの現象に驚きました。

 最初の振動燃焼は数秒で終わりました。燃料が残っているのに、何故振動が止まるのか、という議論が始まりました。論文を確認したところ、"燃料が有り、Pot が加熱に耐える限り、振動燃焼は継続する" と書いてあります。何かの理由で共鳴周波数が移動してしまうのだろう。空気力学的な共鳴周波数は音速に比例する。音速は温度の平方根に比例する。燃焼の継続により缶が加熱され、缶内ガスの温度が上がり、音速が変わるから振動が止まるのではないか、という推論が最も多くの支持を集めました。確認しようということで、濡れ雑巾で缶を包み、再度実験すると、数十秒にわたり振動燃焼が継続しました。この推論で間違い無かったのだろうと今でも思っています。

 振動燃焼を手軽に観察できて面白いため、この飲み会に参加していたメンバーは、僕を含めて、色々な場所で紹介したようです。1996年に北大に赴任して間も無く、理科教育センターから依頼頂いて、道内中学の理科教員を対象とした研修で講演させて頂いたことがあります。そこで空き缶パルスジェットを紹介したところ、非常に好評で、道内の理科の先生を中心にちょっとしたブームになったことがあります。

 Combustion Pot のオリジナルは1930年代で、1933年にオランダで発明が登記され、1938年にスイスで特許が取得されているそうです。さて、それがどのような経緯で今の日本でのブームに繋がっているか、これが謎です。飲料缶の底に穴を開けるというのは Zinn 先生のサマリー論文には無く、我々のその場のアイデアでした。どうも今検索して引っ掛かる空き缶パルスジェットのルーツを辿っていくと、あの日の飲み会に至るような気がするのです。それともどなたか、1990年以前に飲料缶でパルスジェットを作った人、いますか?


| エンジニアリング | 11:59 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
名無しのエンジニア(その2)(永田)
 前回の記事の続きです。10日以上間が空いてしまいました。申し訳ありません。

 昨年の8月、産経新聞社から「英雄なき島」という本が出版されました。硫黄島戦を生き残った元海軍中尉である大曲覚氏の貴重な証言です。前回触れた「散るぞ悲しき」と併せて読むと面白いです。将校の視線からの真実と、一般将兵の視線からの真実の違い。部隊全体、ひいては大日本帝国の戦いの中で個々の作戦を位置付ける将校の判断と、現場で目前の課題に対処しなければいけない一般将兵の判断。どちらも一面の真実を描いています。

 硫黄島での戦いでも、ペリリュー島守備戦に続いて、「敵軍戦法早わかり」に則った戦術が選択されました。海岸線は1 m辺り2トンの鉄量で爆撃されますので、陣地を作っても無駄です。陣地は内陸部の地下に造られました。海岸線に陣地を作れないので、上陸阻止は諦めることになります。敵を無抵抗で上陸させた後が、戦闘の本番です。上陸側は、味方が上陸した後は圧倒的な火砲にまかせた猛爆ができなくなります。これを突いた戦術でした。

 これまで語られたことが無かった新事実が目を惹きます。硫黄島上陸作戦では、日本軍による抵抗が全く無いまま上陸部隊の揚陸が進行し、3 kmしか無い海岸線に装甲車約500両、上陸用舟艇250隻が押し寄せました。狭い砂浜が兵士で溢れます。そのとき、日本軍の新兵器が米軍に大損害を与えたのだそうです。250 kg爆弾、もしくは60 kg爆弾にロケットを取り付けた即席のロケット弾だったそうです。硫黄島には帝国海軍の航空部隊が配備されており、航空用爆弾が100個くらい備蓄されていました。ところがまともに飛ぶ戦闘機が数機しか残されておらず、使い道が無かったのだそうです。これに筒を取り付け、火薬を詰めてロケットにし、敵上陸部隊に向けて発射したのだそうです。

 大曲氏は、米軍死傷者の半分くらいは、上陸戦の初日に、この即席ロケット弾によって発生したのではないかと証言しています。L字型に曲げた板を斜めに立て、上にロケット弾を乗せて飛ばすという極めて簡素なものでした。どのような材質のものだったか、よく覚えていないそうです。工兵のグループがダミー爆弾を搭載したものを飛ばす実験を繰り返しているのに立ち会ったそうですが、こんなもの役に立つわけがないと思い、真面目に観察しなかったのだそうです。筒の材料も色も覚えてないとのことでした。その実験をしていた工兵がどこの部隊の誰かも覚えていません。

 このロケットの筒、竹で作ったのではなかったかと想像しています。竹だけでは燃焼時の圧力に耐えられませんが、荒縄でぐるぐる巻きにすれば大丈夫です。気密は竹が、引っ張り応力は縄が分担するわけです。CFRP複合材と同じ原理です。秩父で毎年行われている龍勢祭りで打ち上げられるロケットも、同じような方式で作られています。

 現地に備蓄されている爆弾を弾頭とし、竹で即席のロケットを作り、敵上陸部隊に打ち込んで大損害を与えた。これが事実なら、その計画を立案し、ロジスティクス(竹と火薬)を指示した人がいた筈です。同じく硫黄島から生還された金井啓氏は、「米軍は補給機をじゃんじゃん飛ばしてきてたんですよ。こっちにも一応強行着陸での補給があったんですけどね、それに積んでたの青竹と花火ですよ」「ええ、向こうはタマ撃ってきてんのにこっちは花火ですよ。もうこりゃあ終わったなと」と証言しているそうです。花火の火薬を推進剤に転用したと考えれば、辻褄が合います。誰が指示したのでしょうか。250 kgの弾頭を運ぶのに必要な竹の内径を算出するのに必要な知識と、硫黄島に爆弾が備蓄されているという情報を共に持っていた誰かでしょうか。複数の文殊の知恵で出てきた戦術だったのでしょうか。今のところ、現場の一部を目にした一般将兵の証言しか有りません。真実が歴史の闇に埋もれようとしています。

 アポロ11号打上げの際にプレスに配布された資料が、NASAのウェブサイトにアップされています(こちら)。サターンロケットの詳細も記述されています。初段の推進剤はケロシンと液体酸素です。初段に液体水素を使っても何のメリットも無いという話を以前に書いたことが有りますが、亡命ドイツ人が作ったサターンロケットは質実剛健です。よくできてます。ケロシン−液体酸素から液体水素−液体酸素に切り替えるタイミングは、最適値に設計されています。けれども、この最適設計に至った論文は存在しません。当時は機密事項だったからです。この最適設計をしたのは誰なのでしょうか。誰かご存知でしたら教えてください。亡命ドイツ人の誰かだと思うのですが。サターンロケットの設計を詳細に検討すると、月に人を送るという明確で単純なミッションを一点に見据えて最適設計を突き詰めたエンジニアの気迫に触れ、鳥肌が立つことが有ります。スペースシャトルはこの種の感動を与えてくれません。残念なことですが、H2ロケットも。


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名無しのエンジニア(永田)
 我が国のロケット開発は1950年代の糸川先生の研究をルーツとしますが、それ以前に国産ロケット技術が無かったわけではありません。戦後、米国から液体ロケットの技術が導入されましたが、この時に日本側で主力となったのは三菱重工長崎造船所の技術者だったらしいという話を以前に書いたことがあります。戦争末期にロケット戦闘機「秋水」の開発に携わった当時の技術者がまだ多く残っていたのだそうです。ロケット弾も実戦で使われていました。当時はロケットのことを噴進と呼んでおり、ロケット弾は噴進弾でした。これに倣うと、CAMUI型ハイブリッドロケットは「神威式固液噴進装置」ということになろうかと思います。

 噴進弾は硫黄島攻防戦でも使われました。四式噴進砲という、口径20センチのものです。「硫黄島からの手紙」でも登場したそうですが、この映画を僕は見ていません。硫黄島守備隊を率いた栗林忠道中将を描いた「散るぞ悲しき」を読んだことならありますが、ロケット砲が登場したかどうかはよく覚えていません。その代わり、武器弾薬として補給された荷物の中に青竹が入っていた、というエピソードが有ったのをよく覚えています。「いざとなったら竹で筏を作って脱出しろとでもいうのだろうか。何とも愚かな話である」というような作者の記述を読みながら、そんなわけないよなあ、と思いました。

 史実に接するとき、僕たちはその後の歴史等に関する知識を背景に当時の人々の行動を目にしますので、どうしても上から目線になってしまいます。歴史の真実に近付くためには、昔の人々の愚かさも合理性も、今の僕たちと大差無い、という常識的な前提の元で、想像力と感応力を一生懸命に働かせる、という努力が必要です。例えば、青竹といえば、本土決戦に備えた竹槍訓練です。戦車で攻めてくる相手に何の意味が有るのだ、と誰でも思いますが、僕たちがそう思うということは、当時の日本人もそう思ったはずなのです。なのに全国で行われました。僕は、竹槍訓練は、本土が戦場となった時、そこにいる婦女子は自分で貞操を守れ、という意味で行われたのではなかったかと想像しています。訓練が想定していた敵は戦車ではなく、自分を強姦しにくる生身の男だったのではないでしょうか。

 太平洋戦争後期に大本営の情報参謀として活躍した堀栄三氏による「大本営参謀の情報戦記」という本が有ります。堀栄三氏は、当時米国が計画していた本土上陸作戦(オリンピック作戦)を、その時期(1945年11月)から上陸場所(大隈半島志布志湾)まで正確に予測し、そのあまりの正確さから戦後にスパイ容疑でGHQに連行されたほどの業績を挙げた方です。日本軍の対米戦術を一変させた人でもありました。サイパンまでの日本軍守備隊は上陸部隊を水際で阻止する戦術でしたが、圧倒的な艦砲射撃により海岸線の陣地は上陸前に破壊され、バンザイ突撃で玉砕するのが通例でした。サイパン戦では10 kmの海岸線に2万トンの砲弾が撃ち込まれたそうです。1 m辺り2トンです。2日で上陸を完了しました。堀栄三氏は、海岸線単位長さ辺りの鉄量という数字を導入して米軍の戦力を可視化し、大本営に戦術の転換を迫りました。「敵軍戦法早わかり」という冊子を纏め、戦地に赴く前の部隊に事前説明に回りました。ペリリュー島守備隊を率いた中川連隊長も、堀氏から事前レクチャーを受けた一人です。昭和19年3月のことです。その半年後、昭和19年9月に始まったペリリュー島上陸作戦では、五千人の一個連隊で五万人の二個師団を相手にし、2ヵ月間持ち堪える敢闘で米軍を驚嘆させました。この戦術は、その後の硫黄島と沖縄にも引き継がれました。

 最近、同じく硫黄島戦を扱った著作を読んで、ひょっとしたら青竹の用途はこれだろうか、と思うことが有りました。というわけで、今までの話は全て前振りです。これからが本当に書きたかったことです。なかなか本題に入れず申し訳ありません。続きます。


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