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CSWブログ

北海道に生まれた民間宇宙開発企業カムイスペースワークス。 略して「CSW」 ブログはこちらに引越しました。
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憲法記念日(永田)
 今日は憲法記念日です。1947年に日本国憲法が制定されたのを記念して定められた祝日です。3年前のことになりますが、北海道新聞の「越境両断」というコーナーで、憲法改正に賛成する立場から答えたインタビュー記事を掲載頂いたことがあります。護憲派に位置する北海道新聞に、憲法改正賛成の立場で記事が掲載された数少ない事例の一つだろうと思います。当時、文化部を担当しておられたT記者と酒席で盛り上がり、その話面白そうなので後日取材してもいいかと打診頂いたのがきっかけでした。

 1947年の日本はまだ占領下でした。占領下に制定された憲法を保持している国家は、国連加盟国の中で日本だけです。そもそも、占領中にその国の憲法を制定させるという当時の米国の行為が、国際慣例としては異例と言えると思います。我が国は日本国憲法を主権を有する立場で立法機関(国会)において承認したことが一度も有りません。サンフランシスコ講和条約が成立し、独立を回復してから改めて、日本国憲法の発効を国会決議しておくべきではなかったかなと思います。手続き上の話から言えば、我が国の正式な憲法は大日本帝国憲法(いわゆる明治憲法)なんだけれども、実際は日本国憲法がデファクトスタンダードとして使われている、というのが現在の我が国の状況だと思います。

 憲法改正というと必ず9条が論点になりますが、僕が記事において改正を主張したのは9条ではありません。9章です。憲法改正をほぼ不可能にしている96条が書かれている章です。憲法改正は国会だけでできるようにして欲しいです。立法府なんですから。憲法すら変えられなくて何が立法府だと思います。我々国民は立法という権利を付託するために国会議員を選挙で選び、養っているのです。

 改正して欲しいもう一つ。前文。僕は日本国憲法の前文が好きになれません。ルース・ベネディクトの「菊と刀」の匂いがするからです。日本人論としてあまりに有名な「西洋人は罪の文化、日本人は恥の文化」という、あれです。日本人は外界からの目が無いとモラルを守れない。だから外から律してやらなければいけない。未だにこんな低俗な日本人論が読まれている理由が、僕にはさっぱり理解できません。我々が恥を感じる相手は、ご先祖様であり、お天道様であり、更には自分自身なのであって、外からの規律ではありません。清き明き心を美徳とする神道の価値観を縄文の昔から大切にしてきた民族を舐めるなと言いたいです。外から律しないと何をするか判らない日本人を律するために作られたのが日本国憲法。だから簡単に変えられない(縄が解けない)ように、非現実的な改正条項(96条)が付いています。その精神を端的に謳ってるのが憲法前文。菊と刀の匂いがぷんぷんします。

 憲法とは、国の在り方を規定するためのものです。憲法は権力を縛るためのものだと思っている人が多いですが、大間違いです。誰が権力を握っても大したことができないようにガチガチに縛った上で、誰が政権を取っても同じとばかりに政治に関心を持たないのは有権者の怠慢です。我々の投票行動こそが権力を縛るのです。これ以外のもので、権力を縛るべきではありません。条文で権力を縛るのを自縄自縛といいます。我々国民が付託した権力なのです。縛られるのは我々なのだと気付かなければいけません。また、権力を縛ると有権者が劣化します。例えば、日本国総理大臣に核ミサイルのボタンを押す権利が与えられていたとしたら、それでも「お灸を据えたい」という傲慢で無責任な投票動機を保持する人がどのくらいいるでしょうか。

 酒席ではこんな話題で盛り上がったのですが、記事に掲載頂いたのはごく一部です。興味が有る方はこちらからご覧ください。


| 社会一般 | 09:54 | comments(4) | trackbacks(1) | pookmark |
永田先生、こんばんは。
いつも永田先生や植松先生の記事を読んで勇気付けられております。ますますのご活躍期待しております。

今回の記事も非常に示唆に富むものでした。
永田先生の記事に触発されて、私も拙ブログ記事の中で引用しながらこの問題について拙い意見を述べさせていただきましたので、TBにてお知らせすると共に、このコメントにてお礼申し上げます。
ありがとうございました。
| 一知半解 | 2010/05/04 12:25 AM |
いつも有り難うございます。トラバ先拝見しました。賛同いただけて心強いです。
| 永田 | 2010/05/04 8:42 AM |
難しいなあと思います

アジア諸国で憲法改正しまくってぐちゃぐちゃになっている例もあるし、どうなんでしょう・・・。
法律と同等の取り扱いでいいのかなあ。

外界の目がないと律せないというのは間違いで屈辱的な指摘というのは分からないではないですが、外界の目に弱いというのは日本人の特性として事実だろうと思います。

身内の反論は馬鹿にして聞こうともしないですが、外界の反論にはペコペコではないですか
これは国対国民でもそうだし、会社対社員でもそうだし、お役所対住民でもそう。下手したら親対子でも見られますよ。

この辺をどうにかしないとどうにもならないでしょう
・・・・と思います。
| 高橋徹哉 | 2010/05/06 11:59 AM |
>我々が恥を感じる相手は、ご先祖様であり、お天道様であり、更には自分自身なのであって、外からの規律ではありません。清き明き心を美徳とする神道の価値観を縄文の昔から大切にしてきた民族を舐めるなと言いたいです。

なるほど。そうだったんですか。「日本は恥の文化」と何度も言われるうちに、自分でも自身をそんな風に見るようになっていました。
子供が「おまえは**だからだめなんだ。」と言われ続けていると自分でもそう思い込んでしまうのと同じ構造で。

自分の子供に同じ様に負の暗示を掛けていないか気をつけます。

憲法改正の是非についてではありませんがコメントさせていただきました。
| 富山ヒノマル | 2011/10/30 4:43 PM |









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護憲派が主張する「立憲主義」が民主主義にもたらす影響とは/北大教授永田先生の記事を基に考える
憲法記念日ということであちこちのブログで憲法について取り上げている中から、私個人的に一番鋭い!と感じた記事を紹介していきたいと思い...
| 一知半解なれども一筆言上 | 2010/05/04 12:13 AM |